介護が必要な状態になると、どんなに健康に気を付けていても避けられない現実が現れます。
特に高齢者の介護は、精神的にも経済的にも大きな負担を伴うものです。
しかし、現代の社会では、介護費用の準備や管理においてさまざまな方法が提案されています。
その中でも、家族(民事)信託(以下、家族信託という)が有効な手段のひとつとして注目されています。
本日は、介護費用の負担を軽減するための方法として「家族信託」をどのように活用できるのか、概略を解説します。
介護費用の現状とその負担

日本の高齢化社会は今後ますます進行していくことが予想され、介護が必要となる高齢者の数も増加しています。
そのため、介護費用の負担はますます深刻な問題となるでしょう。
特に、介護の方法や期間によって費用は大きく異なり、施設に入所する場合や自宅での介護においても高額になることがあります。
例えば、生命保険文化センターが実施した「2024(令和6)年度 生命保険に関する全国実態調査」によると、介護期間が「4~10年未満」と答えた人が最も多く、27.9%を占めています。
また、「10年以上」の介護が必要な場合も14.8%であり、この2つを合わせると、42.7%が4年以上の介護期間を経験することになります。
これは、介護が長期化することも念頭に入れておく必要があるということです。
実際に私自身の親も、介護認定を受けてから約17年間、介護が続きました。
高齢者が自立して生活できる状態から、徐々に支援を必要とする状況に移行していく中で、介護の負担は長期化し、家計にかかる費用も増えていきます。
介護が続くことで、生活全体にかかる費用が次第に膨らみ、家族にとっては大きな経済的圧力となります。
このような予測できない費用に悩むことは少なくなく、そのため早期の介護費用の準備が重要です。
しかし、現実的には多くの人々が介護の必要性を感じ始めたときには、既に準備が遅れているケースが少なくありません。
このような状況下で、財産や資産管理が非常に重要な役割を果たすことになります。
介護が長期化することを見越して、早めに準備を整えておくことが、将来の不安を減らし、スムーズな対応を可能にするのです。
家族信託とは?

家族信託とは、財産を信頼できる家族などに託し、その財産を信託契約に基づいて管理・運用・処分してもらう仕組みです。
一般の家庭でも活用できる「家族信託」と呼ばれる形式が近年注目を集めています。
この制度では、まず財産を持つ「委託者(父親又は母親)」が、信頼できる人(多くは子どもなどの家族)を「受託者」として選び、特定の財産(不動産や預貯金など)を信託財産として託します。
そして、その財産からの利益を得る「受益者(父親又は母親)」を決めるのですが、たとえば、「お母様の財産を子どもが管理し、その利益をお母様が受け取る」という形であれば、委託者と受益者は同一人物になります。
この「委託者=受益者」の関係が、認知症対策などで家族信託を使う際の重要なポイントです。
具体的には、例えば認知症による判断能力の低下を見越して、お母様が自宅や一部の現金などを子どもに託し、契約に従ってその財産を管理してもらうという形です。
現金などについては、受託者名義の「信託専用口座」に預け入れ、自宅については法務局で信託による所有権移転登記を行うことで、名義が受託者に変わります。
これにより、子どもが契約に基づいて自宅を売却し、介護費用に充てるといったことも可能になります。
なお、信託財産として託す内容を「すべての財産」にする必要はありません。家族で話し合い、介護費用の準備に必要な範囲に留めるなど、状況に応じて柔軟に設計できます。
家族信託のメリットと介護への活用

家族信託の最大のメリットは、将来、認知症などによって判断能力が低下した場合でも、家族が速やかに財産の管理や処分を行える点にあります。
これは、「成年後見制度」との大きな違いです。後見制度では、家庭裁判所の関与が必要になり、財産の使い道についても制限がある場合がありますが、家族信託では家族間の契約に基づいて、柔軟に対応できます。
また、信託契約に基づいて、介護に必要な資金を捻出できるため、生活費、介護サービス費用、施設の利用料、介護用品の購入費用など、さまざまな支出に対応できます。
認知症発症後に自宅を売却して費用を捻出したい場合など、家族信託があるかないかで対応の可否が大きく分かれることもあります。
さらに、相続対策としても有効です。
たとえば、遺言では一代限りの資産承継先しか指定できませんが、家族信託であれば「受益者連続型信託」という仕組みを使って、二次相続、三次相続まで資産の承継先を設定できます。
また、仮に遺言と信託契約の内容が重複していたとしても、信託契約が優先されるため、事前にしっかりと準備をしておくことで、相続トラブルの回避にもつながります。
このように、家族信託は、介護と相続の両面において非常に有効な手段です。
早めに制度を理解し、家族で話し合いながら設計することで、将来の安心と柔軟な資産管理を実現することができます。
家族信託が介護費用にどう活用できるか

家族信託を利用することで、介護費用の準備を事前に行うことが可能となります。
たとえば、財産を信託にしておくことで、将来的に介護が必要になった際に、あらかじめ決められた信託契約に基づいて資産が運用されるため、介護施設の費用や生活費を管理しやすくなります。
信託財産は、受託者(家族や親族)が管理し、介護を必要とする本人が生活を支えるための必要な費用を優先的に支出することができます。
また、家族信託は財産をどう管理するかを事前に決めておけるため、介護が必要になった際の遺産相続トラブルを避けることにもつながります。
例えば、認知症の進行により、自分の財産を管理できなくなった場合でも、あらかじめ決められた受託者が信託契約に則り、管理・処分を行うため、本人の意思に基づいて適切に資産が管理・運用されます。
このように、介護費用に関する負担を軽減するだけでなく、相続に関わる問題も事前に整理しておける点が家族信託の大きなメリットです。
家族信託を活用する際の注意点

家族信託は、親の財産を安全に管理し、介護費用の支出などに柔軟に対応できる仕組みとして注目されています。
しかし、利用する際にはいくつかの注意点があります。
まず、家族信託は契約に基づいて運用されるため、信託契約の内容が非常に重要です。
契約内容に不備があったり、意図が正しく反映されていなかった場合、後々のトラブルにつながる恐れがあります。
そのため、信託契約を作成する際は、司法書士や弁護士、税理士、行政書士などの専門家の助言を受けながら、内容を慎重に検討し、明確にしておくことが大切です。
また、信託財産を管理する「受託者」が、誠実で信頼できる人物であることも欠かせません。
受託者は、財産の管理・運用を任される立場であり、信託契約の内容を理解し、その目的に沿って責任を持って行動する必要があります。
親族が受託者となる場合でも、契約の重要性を理解しているかどうかを見極めたうえで選任することが重要です。
家族信託を設計・運用するうえで、家族間での情報共有も重要なポイントです。
特定の家族だけで話を進めてしまうと、他の家族が不信感を抱いたり、後々の相続で対立が生じる可能性もあります。
信託の内容や目的については、家族全体で共有し、理解と納得を得たうえで進めることをお勧めします。
なお、2007年に信託法が改正されて以降、家族信託は徐々に普及していますが、実務としての歴史はまだ浅く、法務や税務に関して確定的な解釈がされていない部分も残っており、判断が分かれるケースもあります。
制度の限界や不確定要素を理解したうえで、設計することが求められます。
また、家族信託は財産の管理や運用を目的とした制度であり、本人の介護施設に入所する際の契約などいった「身上保護」に関しては対応できません。
これらについては、任意後見制度などの制度と組み合わせて備える必要があります。
さらに、家族信託は直接的な節税対策にはなりません。
相続発生後、他の相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性などもあります。
その他にも制度のデメリットや盲点がありますので、利用前に十分に理解しておくことが大切です。
まとめ

介護費用の準備は、介護が必要になる前に早期に行うことが重要です。
家族信託は、介護が始まる前に財産を適切に管理し、介護費用を確保するための有効な手段となります。
信託契約を適切に活用することで、介護費用の準備をスムーズに行い、相続トラブルも未然に防ぐことができます。
信託の設計には注意が必要ですが、専門家のサポートを受けることで、将来の介護費用に備えることができ、安心した生活を送るための大きな助けとなります。
家族信託を活用することで、財産を守り、適切な管理を行いながら介護費用の準備ができるため、将来に備えるために早めに検討することをお勧めします。
また、介護や生活に関するさまざまなテーマについて、介護ポストセブンでも取り上げています。こちらの記事もぜひご覧ください。
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